あまり知られていないが、sには2種類の字形がある
という話。
突然ですが問題です。
Q. 下はドイツの看板の写真です。なんと書いてあるでしょう?
……正解は Drosselgasse(つぐみ横丁)でした!
ぱっと見「s」っぽい字は1個もないのに、実はsが4つも入ってました!というのがこの話のミソ。
小文字Lによく似た縦棒みたいなのが「長いs」というやつである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/長いs よりスクショ |
我々のよく知る普通のsは「短いs」
と区別して呼ばれる。
短いsは語末のみで使うという規則がある。たとえば写真の建物
中央を拡大
この建物に書かれている文字は
- 左が「Restaurant Cafe」
- このsは長いs
- 右が「Ratsstube」
- 1つ目が短いs、2つ目が長いs
- Rats + Stube の複合語だから
- 評議会 + 部屋 = 評議会室
ちなみにこういう飾りのいっぱいついた字形をフラクトゥール(ドイツ文字とかブラックレター体とも)と呼ぶ。
長いsは古い書き方でしか出てこない
上の写真みたいに、中世のころの古い城塞都市とかでは長いsが出てくる。
でも近代の小説とか看板なら語中でもふつうに短いsを使う。
アウトバーンの標識;フォントはDIN |
逆にブランドロゴなどで、意図的に古い歴史や格調高さを感じさせたいとき、ドイツに限らず欧米ではよくブラックレター体が使われる。
たとえば新聞やワインのラベルなど。
日本酒のラベルに毛筆っぽくショドーしてあるのと同じ。
https://www.nytimes.com/2020/04/21/climate/NYT-first-earth-day.html より |
これは時代風な書き方をしていること自体がアイデンティティなので、長いsが使われてたりする…… かと思いきや、読みづらさを嫌ってか短いsになってることもわりとある。
ギリシャ文字にもsの語末形と語中形がある
ギリシャ文字においてsはシグマで、これにも2種類の字形がある。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sigma_uc_lc.svg より |
統計とかで出てくる、普通によく使う方がσで、語末形がςということらしい。
さらに語末形とよく似たϚ(スティグマ)という別物もある。
なおΣは大文字のシグマ。
エスツェットは唯一普通に生き残っている長いs
ドイツ語のアルファベットにはエスツェットというものがある。
形が似ているからといってβ(ベータ)で代用してはいけない。それは別の文字なので。
霜月はるかにSchwarzweißという曲があるのだが、よく間違ってベータで書かれているのを見る。うげ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ß よりスクショ |
このエスツェット、名前的にはs+zだけれど、発音はs+sのようにする。
たとえば「Weiß(白)」はヴァイスと読む。発音は /vaɪ̯s/
これを「Weiss」と綴っても間違いではない。
「Weiss」の1つ目のsは語末ではないので長いsになる。
2つ目のsは語末なので短いsになる。
結果「Weiſs」という表記になる。
この最後の2文字を合字にしたものがßである。
文字に歴史あり
ßはいまも普通に使われる文字なので、現代における長いsの生息保護区域だと勝手に思っている。
あと長いsはSum(正確にはラテン語Summaらしい)の図案化である積分「∫」などにもなっている。
総和記号で使うΣも同じ発想でSの図案化だったりする。
自分は語学は苦手だが、文字と書体の歴史みたいな話はいつも面白い。
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