要約
おもしろいから読め。
本文
『われらはレギオン』という小説シリーズがある。これがハチャメチャに面白いのでおすすめしたい。
『われらはレギオン』とは何であるか。それはSF小説である。
面白さの方向性でいうと『三体』三部作のような緊迫感と映像的スケールで殴るタイプではなく、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のお気楽オタク主人公奮闘小説に近い。
あらすじはこうだ。
主人公であるボブは不慮の事故で命を落とす。しかして目覚めた彼は自分がコンピューター上のAI人格になっていることを発見する。だが何のために? 恒星間飛行する探査機のAIユニットとなって、人類の新天地を探す遠大な旅をするためだ――!
ほどなくして、AIを快く思わない陣営による妨害工作や、他国のAI探査機による直接的な攻撃など、困難が次々に降りかかる。
生前の技術知識と持ち前の楽天的な性格を駆使してそれらをかいくぐり、自分自身のコピーを増殖させながら、ボブはやがて遥か遠くの星系にまでたどりつく。果たして人類の新天地となる惑星は見つかるのか……!?
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この本はSFだが、それ以上にエンタメとしての完成度が高いので、ジャンルに馴染みが薄い人でもすぐ楽しめるだろう。
冒頭主人公が死んで復活し状況を把握して周囲も巻き込みつつあれよあれよで出発…… の一連の流れはびっくりする展開の速さだ。
ちょくちょく挟まれるサブカルネタもあいまって、非常にサクサク読めるエンタメSF、これが第一印象だった。
その上で科学考証はしっかりしており、作者の知識不足や科学的誤りにイライラさせられることもない。ウンチクを語りすぎるでもなく、技術的飛躍もちょうどよい塩梅で、バランスよく練られている。
『われらはレギオン』はシリーズものである。
ボブは自身の複製を次々作り、複製された彼らもまた別の星に向けて出発していく。やがて銀河系の片隅には直径数十光年のボブ勢力圏ができる。
ある勢力が拡大する速度は何に制約されるか。ひとつには光速である。
何年も前に起きた決定的な出来事の情報が、10光年先にいる他のボブ達には未だに伝わっていない。読者だけが神の視点ですべての出来事を把握しているので、「ああ! 今この人物があの情報を知っていれば!」というもどかしさを覚えながら読み進めることになろう。
制約は光速だけではない。
リアリティを追求していくと、宇宙移民時代においても結局のところ拡大速度とは兵站問題に帰着するのである。
5光年先で問題が起きたことを知り、艦隊を派遣する。到着する頃には10年が過ぎている。
あるいは10年かけて到着した星系には自分を複製できるだけの必要な資源がないことが判明する。どうするか。さらに10年かけて別の星系を目指すのである。
このあたりの制約からはハードSFらしい酷薄とした世界観も垣間見え、シリアスなパートの緊張感を高めている。なにせ一度の戦闘で敗北すると、その情報を知り再戦できるのは10年後とかなのだ。負けた場合に失うものを想像しハラハラしながら読むことになる。
しだいしだいに広範囲へと拡大するにつれ年代はどんどん進み、複製されたボブ達も各々の個性を獲得してゆく。
あるボブはひたすら探査に精を出し、別のあるボブは仲間たちの制約を少しでも解決しようと技術開発にいそしむ。
そうやって集団全体が少しずつ進歩発展していく様子は、人類が技術を得ながら世界中に拡散していった過程にも通づる、普遍的な物語を感じさせられる。気がするよ。
物語が進むほど主人公AIの複製は大量に作られ、まさにレギオンの様相を呈する。
しかし『われらはレギオン』はエンタメ小説なので、細かいことを考えずボブ達の冒険に身を委ねているだけで、楽しく空想の世界に遊ぶことができる。
「ある出来事がいつ起きたか」「何年の時点で誰がどの星にいるか」を大量に登場する複製たち全てについて把握するのは難しい。難しいが、そもそもそういった読み方はしなくてよいのだ。親切ぅ。
一方、私のような凝り性の情報収集好奇心駆動タイプの人にぜひおすすめしたい読み方もある。
それはスプレッドシートを駆使して、「ある出来事がいつ起きたか」「何年の時点で誰がどの星にいるか」「とある重要情報を誰々が知ったのはいつか」を全て記録しながら読むというものだ。
こうやって情報を収集しながら読むと、小説それ自体の面白さとは別個で、コレクター欲を満足させるような根暗な楽しみを噛みしめることができる。
一冊で二度三度と美味しいことになるので、こういったことに楽しみを見いだせる人はためしてみてほしい。
シリーズは今のところ4巻までの5冊が訳されている。まだ先もあるらしい。追いつくのが楽しみだ。
最後に私が好きなフレーズを(一切ネタバレなしで)引用する。最序盤、ボブが自分の船の状態をはじめて確認するときの描写である。
機体は楕円断面のような形をしていて、エアロックと貨物口がたくさんあった。航行灯は標準的な船舶の赤と緑だったが、宇宙飛行は三次元なので青もあった。
現実世界でも船舶や航空機は左が赤、右が緑である。それを妥当に拡張する描写を入れて現実感を高めつつ未来描写としている、これだけで作者の凝り性と、それをさらっと説明する軽妙さがわかろうというものだ。読んでいてニヤッとしてしまった。
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